藤原辰史.[決定版]ナチスのキッチン, 食べることの環境史.株式会社共和国.2016.

今の時代は幸せだなと感じることは、普通に日常生活を過ごしていると少ない。暴力事件や発砲事件、終わりの見えないウクライナ侵攻や、延々と続くように見えるパレスチナ問題。世界には、毎日悲しくなる事件が満載だ。でも、視点を少し広げて歴史を概観してみると「今の時代に生きていてよかった」と思うことが多々ある。ナチスのキッチンを読んでその気持ちを強くした。

大島清.男の脳は欠陥脳だった.新講社.1999.

ハッとさせられるタイトル「男の脳は欠陥脳だった」は、正直ミスリーディングだと思う。筆者が伝えたいのは、脳の働きには違いがあり、男は従来「男脳」の働きが強く、女性は「女脳」の働きが強いといっているに過ぎないからだ。男脳と女脳という分け方で、それぞれの特徴を説明しているが、男性が女脳優勢の脳を持っていることもあれば逆もありうるということで、つまりは女性が男脳優勢になるう場合もある。

著者の大島氏が提案としてあげている女脳を活用させた社会は、まるで今の北欧の社会をみてきたかのような内容だ。大島氏によると、女脳は、自然や環境を大切にし、共生を求め、異文化は対立するものではなく互いに認め合うものと考える。だからこそ、今後は「女脳」を社会で活用させる方法を考えるべきだということだ。この論を現在の北欧の社会に当てはめてみると、女性の社会進出が進む北欧社会は、女脳が活躍したからこそ形作られてきて、世界に先んじて自然や環境を大切にする社会と産業を推し進めてきたとも言えるのではないか。今の北欧社会を大島教授に是非とも見て評価してほしいものだ。

初版が90年代だということだが、果たして、日本ではこの本はどのように受け取られ、さらに、30年間で何か変化したのだろうか。とても悩ましい。

チョ・ナムジュ. 82年生まれ、キム・ジヨン.筑摩書房.2018

「82年生まれ、キム・ジヨン」この韓国小説は、世界中で翻訳され、2020年映画化もされた。韓国小説、フェミニズム小説、さまざまなキーワードで語られるこの書籍は、確かに出るべくして出て、話題になるべくして話題になった小説だ。

小さい頃、まだよくわからないことが多かった頃、祖父母が健在だった頃。親戚の集まりの時に出てくる会話や囁きと、この「82年生まれ、キム・ジヨン」で描かれる社会が被る。

今であれば反発もするだろうけれども、その時はそれが普通だと思っていたし、その頃滅入っていた母を含めた女性たちの胸の内は全くわからなかった。

今、多くの社会で反発が生まれていることを考えると、社会はよくなっていけるのかもしれない。

 

瀧本哲史. 2020年6月30日にまたここで会おう 瀧本哲史伝説の東大講義. 星海社新書.2020

2020年6月になろうとする数ヶ月前に本書籍は出版された。著者として名前があがるのは瀧本哲史さんで、2019年に永眠している。

 瀧本哲史という名前は折に触れ見ていた。「僕は君たちに武器を配りたい(2011)」という書籍が発売された頃から見始めたように思うから、出版された2011年頃だろうか。「武器を配る」という社会情勢を顧みもしない生々しい言葉を選んだところや、その後出版された「君に友達はいらない(2013)」などの煽るような書籍タイトルには抵抗しか感じなかった。そして麻布高校、東大法学部卒、マッキンゼー京都大学客員准教授、エンジェル投資家といったような肩書きと偉そうな顔つき口ぶりに閉口して、食わず嫌いもいいところ、瀧本さんの本を見たこともなければ、映像を探してみたこともなく、ただただ「なんだか気に食わないやつ」というカテゴリーに入れていた。

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石川俊介. Hello, Design 日本人とデザイン. 幻冬社.2019.

Hello, Design日本人とデザインは、意匠のデザインとは異なる、デザインという動詞を扱った書籍だ。

デザインやデザイン思考の本、IDEOで働いていた人の本は山ほどある。今まで出版されてきた「デザイン思考」の本は、どちらかというと実践者というよりは、デザイン思考のビジネス的ポテンシャルから書かれていたもの(「この新しいコンセプト売れるんじゃん?今のうちに第一人者として、本出しておこう」といったような)が多かったように思う。

その点、本書は、IDEO東京の立ち上げに従事したり、それなりに実践を重ねてきた人の書籍ということでよくまとまっているし、示唆に富む内容ではある。これが2009年頃に出版されていたのであれば。

「デザイン思考」という視点から本書を見てみると、今までの書籍と比べて何か新しい発見があったのだろうか。なにか新しい発見をもたらすのだろうか。佐藤さんの「デザイン思考が必要な理由」や、「エンジニアのためのデザイン思考入門」、須永先生の書籍などと比べても、インパクトが弱い。

ishizukimika.hatenablog.com

平野啓一郎. ある男. 文藝春秋. 2018

平野啓一郎氏のある男亡くなった夫が実は戸籍上の人物とは違ったという衝撃的な始まりから、本当の夫は誰だったのか?が少しずつ明かされていく。

弁護士の城戸章良、妻の香織、美涼。それぞれの人生や考え方が少しづつすれ違って行ってしまっているところとか、なんとなく相手の考えていることが納得いかなくなっていくところとか、夫婦の関係性の機微が丁寧に書かれていて、10数年の夫婦が読むのにちょうどいいのかもしれない。

本作品を読みながら、「愛に過去は必要か?」という本題らしい帯に描かれているテーマよりも気になったことがある。弁護士の城戸が、他人の過去を語っているうちに他人の人生を本当に生きている気になるという点や、他人と戸籍を交換したい人たちなどのことだ。「自分」ってなんだろうなと。

数十年生きてくると何度も変化が訪れるし、考え方も少しづつ変化していく。それこそ「私とは何か」で述べられているように、相手とのインタラクションで自分が出来上がるのであれば、「男」も環境の違う場所に降り立って新しい自分になれたんじゃないだろうかと思うわけだ。

p300: わかったってところからまた愛し直すんじゃないですか?一回愛したら終わりじゃなくて長い時間の間に何度も愛し直すでしょう。いろんなことが起きるから。

Herb Simonが蟻の例で述べていたように、行為は環境に影響される。環境を変えることで行為も変わる。

さらに多くの書評で批判的なコメントが多く目についた在日三世の設定について、私は感銘を受けたしとても良かったと思っている。血は韓国人かもしれないけれども生まれ育ちは日本であるがゆえに、そして他の在日に比べても問題なく生きてきたということで、なんとなく中途半端な感じがするという心情など、在日三世の心持ちが丁寧に書かれていて驚かされたりもした。

平野啓一郎氏のある男「私とは何か」、 マチネの終わりに(文庫版)に続き平野さんの書籍3冊目。ゆっくり本を読める時間が取れるのは嬉しい。

平野啓一郎公式サイト

 

平野啓一郎. マチネの終わりに. 2016  

物語

「天才」ギタリスト蒔野聡史とジャーナリスト小峰洋子との愛の物語マチネの終わりに(文庫版)。そう書くととても陳腐に聞こえてしまうけれども、40代前後の大人の恋愛小説として、苦しみとかとまどいが痛いほど伝わってくる。当時の社会情勢や世界的な事件を折り込みながら、お互いを大切に思うが故に、会いたいけれども会えない、言いたいけれども言えない心の機微が身体中を刺してくる。恋愛小説に分類されるのかもしれないけれども、生きていく私たちの人間関係とか過去の記憶とか、様々な軸が物語を深くしている。
 
人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?
過去は変えられる、このメッセージは、とても強く心に残っている。過去は変わるから、良い思い出は大切に繊細に扱ってあげないといけないし、悪い思い出だって変わっていくんだろう。
 
フランスに滞在した海外生活の経験が生きていることが文章の端々から伝わってくるのも、海外在住者としては喜ばしい限りだ。陳腐かつ表面的な「海外での生活」ではなく、多言語話者としての子供、国籍に関する想いなど、ほんの小さな一場面だけれども、良い伏線になっていて登場人物の人となりを際立たせている。 続きを読む