総統の子ら 皆川博子 集英社 2003

Napola: Elite für den führer、エリート養成機関 ナポラを観て以来、気になっていたNapola。この映画は、ドイツ、ヒトラーの時代のエリート養成学校に、ボクシングの腕を見込まれて入学することになった貧しい家庭の男の子の話です。日本でも、皆川氏がこのナポラを題材に小説を書いていると知り、一度読んでみたいと思っていました。

皆川氏の著作を読むのは今回が始めて。この総統の子らは、ソフトカバーでは、上中下の3巻に分かれている長編小説です。長編ではありますが、知られていることばかりではないドイツ第三帝国の歴史と、非常に魅力的なナポラとそこで育成されている少年達の日常に引き込まれ、飽きることなく、一気に読み通してしまいました。

映画で描かれている以上に様々間姿が見られる学校時代の厳しい訓練や授業、そこで育まれる友情や上官への憧れはがどのようなものであったか、非常に懐かしい気持ちさえします。凛々しい先輩や上官の姿に憧れる主人公の姿をみていると、先輩に憧れ、青春していた自分の女子校時代を思い出すからです。後半の、苦しい戦争体験の描写は、詳細かつ迫力で、非常に苦しく、読みながら悲しみが増していきます。

興味深かったのは、当時のドイツの描写や、敵対国(連合国軍)の残虐行為の描写です。ドイツ人であるからといって優遇された訳ではなく、アーリア人種1と呼ばれるブロンドの髪、碧眼といった身体的特徴を持つ「純血ドイツ人」が優遇されていたという事実。アルコール中毒、精神異常者などは、断種手術が行われており、対象者は子供を持つことも許されなった、など、1920年付近から台頭していた優生学が、多いに影響しています。これは、ドイツのみが行ってきたことではないのですが、一種、その時代には正当と考えられていた行為が、いかに残酷なものであったか見せつけられ、ドイツ国民も被害者であることがわかります。
また、決してナチスの戦争行為は、肯定されるものではないけれど、勝てば官軍負ければ賊軍というように、戦争中の行為に良いも悪いもなく、あるのは、戦争に関わった人たちの苦しみのみ。第一次世界大戦で敗戦したドイツの苦しみや迫害、ロシア領などでのドイツ系の人々の苦しみが、引き継がれ、第二次世界大戦へとつながっていったのですし、残虐な行為を繰り返していたのは、ドイツばかりではなく、ロシアを含めた連合国軍も同じこと。ベタだけれど、戦争はどんな理由であれ避けられるべき、ということを骨身に感じます。

本書を、ユダヤ人を迫害したドイツというステレオタイプを捨てて、エリートとして育成された少年達の輝かしいナポラ時代、と彼らが関わった戦争とみることで、戦争や、第二次世界大戦の印象も変わってきます。時代に翻弄された少年達、という言葉がまさに的を得ている物語でした。映画も本も非常にお薦めです。

お薦め度☆☆☆☆