新垣紀子,野島久雄,方向オンチの科学,講談社ブルーバックス,2001.

方向オンチの科学 (ブルーバックス)は、以前紹介したリンダ・グレキン、方向オンチな女たち、メディアファクトリー、2001と同様に、方向オンチをテーマにした書籍。特筆すべきは、方向オンチを、ネットの世界に置き換えて展開している第5章。第5章では、HPなどのデジタルデザインをどのように構築していけばよいのかということが、認知の観点から述べられており、デジタルデザインを志向している人には、手ごろな入門ではないでしょうか。その他の章は、方向感覚や認知の観点からの研究が紹介されつつ主張が展開されていきます。ただそれらの認知実験は関連書籍で何度も言及されているため、私にとっては特に新規性は感じられず。初めて方向オンチ関連書籍を読む人には、興味深く思われるかもしれません。

第5章

5章では、「スキルとしてのナビゲーション」としてインターネット空間でのデジタルデザインについて述べられています。インターネット空間上で迷う理由として以下が挙げられています。

  • 使われているラベルが不適切なため迷う。クリックできる単語などが、内容を適切に表現していない。
  • 画面の中の配置が不適切なために迷う。一つの画面にたくさんの情報が詰め込まれている。
  • リンク構造がわかりにくいために迷う。ページとページのつながりがわかりにくい。

迷わないためのデジタルデザインとして以下が挙げられています。それほど細かく説明されてないのは残念ですが、概略だけでも、納得できる部分は多々あると思われます。

  • ランドマークの目立ちやすさ。同じ会社のページには同じ模様やアイコンを用いるなど。
  • 認知地図の重要性。街並み(背景画像)をそろえるなどひとまとまりの構造を構築する。
  • アナロジーの有効性。すでに持っている知識を利用させ、スキーマを利用する(銀行は駅前にあるなど)。
  • 複雑にしない。現在どこにいるのか、どのようにしてきたのか、どこに行けるのかが分かるようにして、認知負荷を小さくする。シューリングによる認知負荷を和らげるガイドラインを参照のこと。
  • 出発点の有効性。HOMEに戻りやすくする。検索に熟練した人は、信頼できるページを重視し、浅く広く探索行動を開始、信頼できるページに戻ってくるというプロセスを経ている。慣れてない人は、先に進みすぎ迷ってしまう。

気になった2点

方向オンチの数少ない本の一つとして興味深いものの、2点ほど気になったことがあります。

海外では方向オンチに関心があつまらないという著者の主張

海外で方向オンチに関心が集まらないのであれば、なぜ、リンダ・グレキン、方向オンチな女たち、メディアファクトリー、2001や、話を聞かない男、地図が読めない女―男脳・女脳が「謎」を解くが出るだろうか。「方向オンチ」にぴったりとあてはまるコトバがないということで、関心が低いとみなすことは、当たらずとも遠からずということかもしれないが、認知的視点から見ている点では、まさに類似であるし、道に迷った、迷いやすい、地図が読めないという会話は、「方向オンチ(という英語では存在しない(らしい)言葉)」の話としてしまってよいのではないかと思う。そのうえで考えてみると、特に能力としての方向感覚は、日本人だからアメリカ人だからということで差が出てくるとは思えないし、問題としている人がいないとは思えない。ただ、どのような視点から「道の迷い」をとらえるかということは、異なっているようだ。
ゆえに、これを考える上でひとつ参考になると思うのは、著者が述べていた「方向オンチであるという認識」。何を方向オンチというかという明確な指針がないため明確に述べることは難しいと前置きしたうえで、方向オンチと自覚している人よりも、自覚せずに方向を見失う人の方が、能力的に「方向オンチ」であるということも十分あり得るとする。つまり、方向オンチと言っていなくても、方向オンチの人はいるし、それで困っている人も(おそらく全世界的に)いる。
また、確かに左右を間違える人はいるし、病気として認知されているようだが、「迷わない」人は、事前準備をしていることも多く、対象エリアを理解せずに出かければ迷う確率も高くなるのは当然である。方向オンチかどうかというよりも、事前準備(前もって旅行先の地図を頭に入れておく、など)ができているかという点も、結果的に方向オンチを作り出すか、防ぐかということに関係してくるようなのです。

物理的空間とデジタル空間での方向オンチ

私にとっては、デジタルデザインに関する5章が最も興味深かったのですが、方向オンチとの関連性は無理やりの感があり、第5章だけが浮いてしまっているのは非常に残念。方向オンチと機械オンチを同列に並べ突然議論を始めるのは、違和感を残すだけではないでしょうか。もう少し関連性を出すとか、別の書籍にまとめるとかすればよかったのに...。ただ、確かに著者が述べるように、実世界で迷わない人はランドマークを利用しているように、ネットの世界でもランドマークを利用している人が迷わずに探索行動を完結できる、移動しやすいように、街並み(背景画像や色)をそろえる、などの点は、デジタルデザインをする人が意識して行うべき点と考えます。

関連書籍として、方向オンチな女たち話を聞かない男、地図が読めない女―男脳・女脳が「謎」を解く、以前紹介した方向音痴を克服せよがあります。