吉武信彦,日本人は北欧から何を学んだか,新評論,2003.

日本人は北欧から何を学んだか―日本‐北欧政治関係史入門は、北欧関連本の一つとして手に取った本。本書籍は、2003年出版であるが、第二次世界大戦以前から、いかに北欧への評価が極端に揺れて何度もこの揺れが繰り返されていたかということがよくわかる。2000年前半数年で見られていた北欧諸国への賛美から一転、2010年冬には、ここ数年続いていた世界一幸福な国デンマークといったような北欧諸国の美しい一面を伝えるばかりでなく、現在の課題や数々の社会問題の進展や新政策を伝える書籍が相次いで発表されている。大きな日本北欧関連史の枠組みで見れば、今は「批判」側に揺れているときと見ることもできるだろう。

個人的には、著者ばかりでなく、近年は北欧の現実をバランスよく伝えることのできる若手研究者が出てきていると思う。今後は、時代の要請による一面的な北欧ではない面も伝えられていくようになるだろう。その意味でも、著者吉武氏の今までの貢献は大きい。

...この傾向は、1980年末以降、特に顕著になったように思われる。しかし、日本北欧の関係はこれが初めてではない。...

なぜ極端なイメージが跋扈したのか

興味深かったのは、第二次世界大戦前からの傾向として、北欧のどのような点を伝達したいかという意図、何に使いたいかという目的によって、伝達される北欧像が異なったという「歴史」的背景である。著者の言葉を借りれば、「ある一部がその時代の要請により注目された(p173)」のである。

小国と言えども、国。文化、経済、政策といった切り口の違いによって、様々な顔が見えて当然だが、今までは、どの場合も「北欧≒XXX」といったように一側面を見てすべてを語れるかのように伝えられてきた。例えば、「平和国家」「デザインの国」「環境先進国」といったように。このようなステレオタイプ化、便利であると同時に、多様性を排除しており非常に危険である。

..日本では、北欧についてのどかな平和国家というイメージが流布する一方で、外交上きわめて重要な拠点としてのイメージも存在したのである。前者は、北欧に対する情報不足を背景に知識人を中心に一般国民が素朴にもっていたイメージであり、北欧への憧れを著上するきっかけとなった。それに対して後者は、日本政府、軍部という一部の政策決定者が外交政策の遂行という現実の要請に迫られて北欧を舞台に活動する中でつくられたイメージであったということができよう。そのため、この二つのイメージは相互に影響しあうことはなく、それぞれの側において独自に発展を遂げた。北欧に対するこうした両極端なイメージは、第二次世界大戦後も形をかけつつ繰り返し現れることになる。(p54)

また、声の大きな人が描く北欧のイメージが、北欧の一般的なイメージとして定着するケースも多い。そのような傾向は、現在に至るまで健在だが。

...作家の五木寛之が、..次々に発表した小説(白夜物語―五木寛之北欧小説集 (角川文庫―五木寛之自選文庫 小説シリーズ)など)も、..若者を放浪に駆り立てた面があったと思われる。...その後帰国した彼らは、北欧の「豊かな社会」という側面を日本に伝えると同時に、「フリー・セックス」の国というイメージも持ち帰ることになった。そして、これらのイメージは、この時期以降日本人の間に根強く残ることとなった。