パリマルメゾンの森から 近藤誠一 2005

パリ マルメゾンの森から―外交と文化に関する24のエッセイは、現在私が生活をする国、デンマークに昨年2008年に赴任してきた近藤誠一大使の著書。赴任後しばらくしてからお会いする機会があったのですが(小さなデンマークの小さな日本人社会ですから)、柔らかな物腰と文化に造詣の深い話ぶりに引かれて、著作の一つであるパリ マルメゾンの森からを読んで見ることにしました。

お勧めの理由

本書は、軽快な語り口ながら、国際舞台の第一線で働く近藤氏だからこそ手に入れられる人脈、情報、視点を元に、文化的、政治的、経済的問題を紐解いていきます。世界で起こっていることを、氏の経験や視点を通して解説してくれているので、複雑入り組んだ国際関係とそこに存在する問題が、より身近に手に取るように把握できるのは、自分でも驚くほどです。本書は、国際関係に興味のある方、外交に携わりたい方の入門書(対象とする問題は、非常に高度なのですが、エッセイの形が取られていて簡単に読めるので入門書としました)として非常に優れています。また、フランスをはじめとしたヨーロッパ文化はもとより、中国、日本の故事などを多分に引用しつつ繰り広げられるエッセイで、興味ある国際問題をより深く追求できるように参考文献がきちんと引用されているのも優れた点です。

近藤誠一大使は、経済学者を自認されているようですが、外交官として活躍されているためでしょう、その知見は、経済学ばかりでなく各国文化、文学、音楽にまで幅広く、エッセイでは、その知識が縦横無尽に織りめぐらされ、文学的文章力を堪能できます。エッセイとしても秀逸なので、海外特にヨーロッパ文化、フランス文化に興味がある人も楽しめるつくりになっています。

最後に、本書を読み、日本人であることの誇りを持つことができ、日本人である自分が何ができるかという問題意識を持つことができることも、本書の優れた点の一つとして挙げておきたいと思います。

近藤氏の視点

近藤氏の視点のなかで、いくつか興味深いと思った点があります。
一つ目は、西欧の合理主義の限界が見えてきており、その限界は東洋の思想が補完できるのではないかとする点(「混沌」、「シルクロード」など)。

西洋の合理主義、決定論的アプローチは、複雑な自然を任意に切り取って単純な要素に分析し、制御可能なパラメータで記述し、予言できる結果を計算し、それを実験的に検証する。しかし、この手法では、要素間の相互作業をとらえ、複雑な全体に対処することができない。地球環境や社会不安などグローバリゼーションの投げかける問題に総合的に対処できない。[...]西欧の限界を補う知的枠組みは、中国の思想やインド哲学など、東洋に存在する。(p154)

二つ目は、情報化の時代にありながらも「環境」が大切であるという点(サンバとテキーラやまとなでしこ)

優れた文化は、世界の才能を集め、その土地独自の雰囲気の中で競わせ、影響しあうことでできる。[...]偉大な文化は、世界の才能と、時代の流れを吸収して育つ。(p118)


三つ目は、日本が国際社会での位置づけをするために何が必要であるか示唆している点(How to Compromise)、です。

これからの課題は、欧米のみが自らのプリズムを通して歴史を書くことを甘受せず、自ら新たなルールを提案し、...知力、文化力をつけていくことであろう。ルールは与えられ、従うものではなく、自分の利益にあわせて作るものであり、歴史は自ら書くものなのである。(p138)

そのほかにもグローバリゼーションは、多様性を包み込む深さを持った普遍的なものであるとする視点を示す(「ピアノコンチェルト第一番」)、文化と娯楽の違いについて考えさせられる(「ひげなし」)や、アメリカで経済学を学ぶ人が増える意味や世界の富が何に使われるか、その後何が残るのかに思いをめぐらさざるを得なくなる(「ハプスブルグ家の遺産」)など知的刺激が満載です。ぜひ、ご一読ください。