バブルの物語 ジョンKガルブレイス ダイヤモンド社 2008

出版は08年となっていますが、実際は1991年に翻訳されたものを、タイトルを変えて再出版されたものです。この本に興味を持ったのは、最近お気に入りの「勝間和代」さんが紹介していたから、というのが、正直な理由です。いつもの私だったら,本屋の店頭で、手に取ることはなかった類いの書籍類です。

新版 バブルの物語は、1637年のチューリップ投機から始まり1929年の大恐慌や、1987年の株の大暴落など過去の事例をあげて、投機とその後の崩壊は20年収機でやってくる、その一連の熱狂と破滅的結末には共通性がある、としてその共通性を示す形になっています。本書は、1990年に書かれていますので、2007年あたりから始まった金融危機に関しては触れられてはいません。しかしながら、今回のケースも、あげられている他のケースと同様に全く同じ軌跡をたどり、大きな危機になっているというのがわかります。ガルブレイズも非常に露骨に意見する経済研究者のようですが、訳者も非常にはっきりとした見解を示してくれており、あとがきまで存分に楽しめます。

ガルブレイズが述べたかったことを訳者があとがきでまとめて述べてくれているのですが、それによると、筆者ガルブレイズの考えは以下につきます。

投機的ブームの初期に投資してバブルの崩壊の直前に手を引く人が最も懸命な人であり、投機的ブームの末期になってから投機に参入して暴落で損をする人が最も愚かな人である。

訳者もその他の人の例に漏れず、投機で成功したいと思っているのは,疑いのない所だと思いますが...。そんな感じが文章のはしばしから伝わってくるので、訳者あとがきまで十分楽しめました。

ガルブレイスの警告

本書でガルブレイスが言いたかったこと、また私たちが心に留めておくべきと思われることは、
個人であれ、機関であれ、何らかの投機のチャンスにより富の増大を経験したものは、自らの能力や洞察力を、実際以上に高く評価しがちであり、自分は特別な人間であり、賢明なことをしているのだと、信じてしまいがちになる。本来の価値を遥かに超えるまでに高騰した対象物が下落するのは必然であり、暴落の段階になると、もう止められない。このパーティに関わっていた人たちは、自分たちが愚かであるとは決して思いたがらないので、先駆けた投機家達に罪を負わせるようになり、その対象となった人たちには、悲劇的な結末が待っている。しかしながら、そのパーティに乗っかり、高騰を引き起こす手助けをし、下落しかけた対象物から逃げ出そうとして大暴落を引き起こした人たちにも罪がある。

これほどまで熱心に、またこれほど透明な仕組みによって、自分の金を手放してしまった人たちにこそ罪があるのだ。

私は、個人的に、そのような仕組み、パーティに乗らせるようにしむけた金融関係者は、責任を感じてしかるべきとは思うのです。しかしながら、ガルブレイスがいうように、その罠にはまり、楽をして大金を稼げるのではと考えて投機をしてしまう、それにより、大幅な高騰を招き、大暴落を引き起こす要因をつくりだした集団の一人一人にも、確かに責任は問われてしかるべきなのだろうと、思い直しました。

チューリップ投機などの興味深い逸話

現在の投機対象としては、株や土地、家屋などでしょうが、本書では、1630年あたりのチューリップ投機にも触れています。
オランダを中心として、チューリップの球根などが高値で売買されたということですが、実際のところ対象はなんでも良い、というのは面白い発見です。ある一定以上の数の人が何らかの対象に対して興味を示し、それの価値が株のように上下するのは、なにに対してでも起こりうることでしょう。本書で扱っているのは、経済、そしてバブルの物語ですが、タイトルにもあるように、物語的要素も多く、非常にわかりやすく読み通すことができます。ぜひ、一読してみてください。現在の金融危機がおこった枠組みの一つが理解できるようになります。