平野啓一郎. マチネの終わりに. 2016  

物語

「天才」ギタリスト蒔野聡史とジャーナリスト小峰洋子との愛の物語マチネの終わりに(文庫版)。そう書くととても陳腐に聞こえてしまうけれども、40代前後の大人の恋愛小説として、苦しみとかとまどいが痛いほど伝わってくる。当時の社会情勢や世界的な事件を折り込みながら、お互いを大切に思うが故に、会いたいけれども会えない、言いたいけれども言えない心の機微が身体中を刺してくる。恋愛小説に分類されるのかもしれないけれども、生きていく私たちの人間関係とか過去の記憶とか、様々な軸が物語を深くしている。
 
人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?
過去は変えられる、このメッセージは、とても強く心に残っている。過去は変わるから、良い思い出は大切に繊細に扱ってあげないといけないし、悪い思い出だって変わっていくんだろう。
 
フランスに滞在した海外生活の経験が生きていることが文章の端々から伝わってくるのも、海外在住者としては喜ばしい限りだ。陳腐かつ表面的な「海外での生活」ではなく、多言語話者としての子供、国籍に関する想いなど、ほんの小さな一場面だけれども、良い伏線になっていて登場人物の人となりを際立たせている。  

読んだきっかけ

本書マチネの終わりに(文庫版)は、平野さんの書籍を探していて偶然手にした。注目されたとか、映画化されたとかは全く知らず、浦島太郎な気分とはこのことだろうか。
 
今まで、小説家が、自分の中での思想を深めたり、見つけた見方を物語に反映させているという単純な事実を私はあまり気にしていなかった。「私とは何か」を読んで、平野さんの思索が物語に反映されていると知って、作家がとても気になるようになった。マチネの終わりにを書いたときの心境を聞いてみたい。